日別アーカイブ: 2010年5月17日

米国の「無給」Internshipの問題~無給で働くということ~

この記事は先程の記事、「無給」で働く人々、とあるNPOの運営についての続きで、米国の「無給」Internshipの問題点について記します。

私がお世話になったNPOは無給で働くIntern達(米国の大学生や私のような外国人留学生)に大きく依存していました。「無給」で働く人々、とあるNPOの運営についてで書きましたが、そこで有給で働いているのはNPO代表と他に時間給で働く人が1人いるだけです。どれくらい大きく依存しているかという例を紹介すると、朝10時に事務所に行っても誰もいないことが多かったです。

そして、「無給」で働く私が来客・電話対応などをこなしていました。NPO代表は正午頃にのっそりと出勤してくる事が多かったです。他にもよくNPO代表は「有給」休暇を取って旅行に行っていました。その間「無給」で働くIntern達に業務を丸投げしていました。自分がいなくても組織が運営される仕組みを作ったNPO代表は凄いのだろうけど、私は「これって組織として、社会として正しいことなのだろうか?」と思っていたので内心色々と面白くなかったです。

他にはIntern達の教育計画がかなり出鱈目でした。私は日本式OJTを経験していたので、自分で仕事を見つけることが出来ました。でも、それが出来ない米国人学生で途方に暮れている人も中にはいました。

  • 日本式OJT(OJTは”お前!邪魔だ!立ってろ!”の略)→俺たちは何も教えないから、自分で業務を勝手に覚えろ!見て覚えろ!仕事は盗むものだ、コンチクショウ!という前時代的な職人世界の教育方式。経営の効率性を気にしない日本企業、特にトヨタ生産方式とは無縁のホワイトカラーの職場でよく見かける。20世紀中に滅ぶかと思われていたが、21世紀になった今でも大人気の教育方法。そして、教えられる側にとっては悪夢以外の何ものでない教育手法。

他にはIntern先は給料を払っていないのでコスト意識がなく、また立場の弱いIntern達にどうでも良い雑用をやらせる事があります。「実務経験」がほしくて無給でも働く大学生達。そんな彼らのそんな弱みにつけこんで、本来給料を払わなければならない仕事も無給で強要するということがあるのです。

実際に、他のInternの事例や報道されている無給Internの問題を調べた際に似たような事例が多発していることが分かりました。例えば鳥インフルエンザが流行っていた頃にはドアノブ磨き、トイレ掃除といった実務経験に繋がらない雑用業務を強要されるといった事例です。

本来無給のInternshipではIntern達の能力を高められないような業務を与えるのは法律違反です。でも、現場では厳格にこの法律は守られていません。しかし、Internをしている大学生たちはその業界で働きたいと思っている人達が多いので、悪名が広がることを恐れて騒ぎを起こす人は少ないです。また、無給Internshipをする経済的な余裕のない学生たちは、いつまで経っても実務経験が積めないという問題があります。

米国企業の雇用者は何の実務経験のない、日本でいう「新卒社員」のような学生を雇いたがりません。だから米国の大学生達は無給でもInternshipをしなければならないのです。そして、現在の米国における大学生達のInternshipは数十年前の法律に基づいて行われているので、実情に合っていないのです。日本では新卒一括採用が問題となっていますが、米国では実務経験を積むための無給Internshipが問題になっているのです。

ここで私自身の経験について戻ると、最初の3ヶ月は英会話能力も満足では無かったので、下積みのような単純作業もたくさんしていました。でも、こういう単純作業にはかなりうんざりしていました。「無給」で働くということは、自分の価値を高める仕事が出来るのなら良いですが、そうでない場合は自分の価値を貶めているようで、みじめな気持ちになるだけです。

だから一日でも早く英語力を上げようと勉強に励んでいました。事務所にある書類を読む、同僚の会話に常に耳をすませる。事務所にかかってきた電話をとる。業務時間が終わってからは電子辞書に登録した英単語を暗記し続ける。英語の勉強をし続けました。これは一日も早くつまらない単純作業から抜け出したかったからです。私の英語力向上にはこういう苦い理由がありました。

おそらく留学した他の英語学習者も同様の経験をしていると推測します。そして、この苦い経験が英語力向上に繋がるのです。現在公開している英語学習法、実用的な英語を習得する方法はこういった苦い経験を元に執筆したので、私の魂がこもっています。だから実用的な英語を習得する方法に書いてある学習をちゃんと実践すれば、私がしたような苦労は最小限にすることが出来ます。

他の外国人留学生Intern達も同様です。英語を身に付けるためなら、「無給」で働いても良いと思っている学生達はNew Yorkにはたくさんいます。彼らも先程紹介した米国人大学達と同様、もしくはそれより悪い境遇を甘受することになります。

私はまだ来客の多い事務所、そして電話番をさせてもらえたので良かったです。少なくとも英会話能力を身につける事と米国の文化を理解する事ができました。しかし、他の留学生達を見ていると私よりひどい経験をした人も多々います。ひどいInternship先になると、書類整理とExcelData処理しかさせてくれない場合もあります。これは留学生達の英会話能力が不足しているからです。確かに言葉が不自由で専門能力を持たない留学生達の使い道なんてそれくらいの単純作業しかありません。

そして、「無給」でこういう創造性のほとんどない業務をさせられるのが嫌でInternship期間を縮めて帰国してしまった学生の事も知っています。その人のやる気がなかったというよりは、そんな面白みのない単純作業をせざるをえない、現在の米国Internship制度に問題があると思います。

私はInternship先で「憧れ産業で働くな 」を身を持って体験しました。たとえ環境が悪くても放っておいても人々が集まってくる世界で働くのは大変です。そして、英語が出来ないとこんなにも不利になるのかという、「西暦2026年の日本」のような体験を私はしました。

そして、私は3ヶ月過ぎて英会話能力が十分に身についた段階で、Internshipの時間を減らしました。無給だったので、他の転職活動をしている職員と同様に、雑用はなるべくしたくない、そして自分のCareerに繋がる業務のみに注力しようと思ったためです。他にも労働時間短縮をしたのには下記の3つの理由があります。

  1. 「実は取り決め時間以上の労働時間働かされていた(これはもしかしたら事務所の人間はそもそも取り決めを知らないかったのかもしれない。こういう点もいいかげん。)」
  2. Internshipであるべき指導が受けられなくなった。私を指導していた人達が事務所の代表と喧嘩して事務所から去ってしまった。だからそれまで進めていたProjectを進めようがなくなった。」私は喧嘩別れのとばっちりを受けてしまいました…。
  3. TOEICの試験勉強をしなければならなかった。

あと指導する人達はいなくなりましたが、自分を高めることの出来ない雑用をそれ以上したくなかったので、少しでも専門性の高いWeb Designを独学で学ぶことにしました。米国の大型書店Boardersに足繁く通っていたのはこの時期です。結局Web Designの関連書籍を$300くらい、Intern先の経費で購入しました。それまで交通費支給以外、無給で働いていたので $300くらい安いものでしょう。というわけで私はInternshipの後半は、時間を短くして、雑用はなるべくしないようにして、Web Design関係に注力していました。その時の影響で私のblogWordPressになりました。

私の友人の中国人建築家のShuもIntern先ではかなりこき使われていました。彼女の場合は残業もけっこうありました。Shu社会保障番号の取得を会社が行ってくれましたが、それくらいの費用なんてなんてことがないくらいに彼女は「無給」で働いていました。会社としては専門技能を持つ建築家を1人「無給」で雇えるのだから社会保障番号の取得なんて安いものだったのでしょう。そしてまた、Shuは図面ばかり書いていたので専門である設計技能は向上しましたが、英会話能力・英語能力は私ほどは向上しませんでした。だから、事務所の電話で話すのは未だに嫌だと言っていました(見知らぬ人と電話口で英語で話すのは対面で話すよりもはるかに難しい)。私はもしShuが英語力も十分にあれば、建築という専門技能を持つ彼女なら「有給」Internshipが出来ただろうなと思っていました。

経験がなくても働ける新卒採用制度がある日本とは大違いの米国です。「コミュニケーション能力」という訳の分からない物差で測られることはありませんが、一方でこういった大変さがあります。以上、米国の無給Internship制度の問題についての紹介でした。

追記

「語学留学」と「海外企業でのInternship」を考えている人のための補足記事を書きました。現状、これらの留学を検討している人は参考にしてください。

この記事と関連した過去のblog記事

この記事を書くのに参考にしたWebsite

「無給」で働く人々、とあるNPOの運営について

この記事では私が留学中にお世話になったIntern先のNPOを紹介します。私はNew York市にいる貧困層と移民に法的なサービスを提供するNPOでInternshipを行いました。InternshipでNPOを体験してまず思ったのが、日本の大企業とは何もかもが違うなということです。働き方が違う、働く時間が違う、働く人々が常に入れ替わるといつも変化しています。小さな組織は大きな組織とのManagementがぜんぜん違うのです。そこでは大企業では出会えない人達が働いていました。

中でも最も驚いたことは多くの人々が「無給」で働いていたということです。Intern先では組織の代表ともう一人時間給で働く人だけが「有給」でした。その他の職員は無給で働いていました。NPOは基本的にお金が無いので、代表はいつもFundraising(寄付金集め)で頭を悩ませていました。だから有給の職員を雇う余裕がなかったのです。

プロボノ(Pro bono)という制度をその時に知りました。プロボノ(Pro bono)は、弁護士など法律に携わる職業の人々が無報酬で行う、ボランティアの公益事業あるいは公益の法律家活動を言います。普段は別の仕事をしているが、週に1日だけ、もしくは一年間のある期間だけ、普段所属している組織とは別の組織、例えば公共性の高いNPOで弁護士が働く。そんな働き方を認めてくれるのが「プロボノ(Pro bono)」という制度です。

また事務所では、求職活動中の弁護士も働いていました。これは働いていない期間を有意義に使うことで、次の就職先を確保するためだと思います。そして、この弁護士は私のIntern期間中に目出度く新たな就職先が決まり、NYから去っていきました。他にも、求職活動中の経営コンサルタントも事務所にいました。事務所内の業務改善を行い、それらを資料にまとめて新たな新たな顧客獲得のための実績として活用していたのです。そして、先の弁護士と同様に業務改善を行った証拠となる分厚い資料を活用して、新たな就職先を決めました。求職活動中の期間、職歴に空白を空けないようにする。そのためにNPOにて「無給」で働く。これはNPOと求職者の双方に利益のある関係だなと思いました。転職が当たり前の米国社会の一面を私は事務所で目の当たりにしました。

次にパラリーガルparalegal、これはまだ弁護士の資格を持っていない法科大学院の学生達の事です。社会の貧困層や移民たちのための法律事務所だったので、女性の法曹関係者が多く働いていました。そして、彼らも法律事務所での実務経験を積むために「無給」で、各種法律業務を手伝っていました。NPOで経験を積むことで、後の就職活動でその実績を活かすためです。米国社会では新卒採用という制度が存在しないため、新卒者も転職者も同一に競わなければならないのです。そこでは日本のように「コミュニケーション能力」という意味不明な能力ではなく、「実務能力」というより具体的な能力・実績を示さなければならないのです。色々な意見はあるとは思いますが、実務能力を問われない日本の新卒採用制度は米国社会に比べると、ずいぶんと学生にとっては優しい制度(生ぬるい制度)だなと思います。ただし採用時点での労働者の能力を比較すると、米国社会が圧倒的に優っています。

弁護士、コンサルタント、法科大学院の学生達、これら専門家達がNPOで「無給」で働くのです。NPOにとっては良い話だとは思いますが、私には米国の競争社会の厳しさを感じられる体験でした。また、これはいわば「フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略」に書かれている考え方をInternet上ではなく、現実世界で実行した事例ですね。そして、NPOでInternしている大学生の一人と話した際に、「New Yorkは大都会で何でも簡単にできる。でも、お金を稼ぐことだけは簡単ではない」と言っていました。大学生の内から実務能力を身に付けなければならないので、米国は日本に比べると厳しいと思います。特に実務に直結しない専攻の学生達はIntern先で苦労していました。具体的な学部の例を挙げると、一般教養・社会学・哲学などの学部の学生たちです。

そしてこのNPOで人々は「無給」で働いているので、来る時間が違う、来ない日が多いと人によって事務所にいる時間が全然違います。私は最初人々が「無給」で働いていると分からなかったので、なんでみなこんなにも違うのだろうなと随分と混乱しました。事務所に朝の10時に行ったら、誰もいなくて来客対応を全て自分でしなければいけないという事態もしょっちゅうありました。

また「無給」なので、NPO代表が頭ごなしに命令することはできません。もしそれをしたら次の日から来なくなります。実際、喧嘩別れして事務所を去ったスタッフを何人も知っています。「無給」で働く人々には「やりがい」を与えなければならないのです。正直、これはとても難しい組織運営です。ただ、大学生達の場合は「推薦状」という就職活動の際に有利になる書類の発行をチラつかせることで多少引き止めが聞きます。通常「推薦状」はある一定期間・一定時間働いた場合に発行されます。とは言っても、この「推薦状」も絶対ではないので、やりがいがなければ彼らは事務所を去ってしまいます。

もう一つ別の観点から事務所の運営を紹介すると、私のIntern先のNPOは他のNPOよりは運営を上手くやっていたとは思います。そこでは複数のNPOが同じ事務所を借りて、経理・総務・ITなどの間接業務を共同して行っていたのです。ですから独自のMail Systemもありました。零細NPOだとこういうMail Systemはなくて、G-mailを活用していたりします。他にも事務所の立地という観点から言うと、資金力に乏しいNPOにも関わらず、Wall Streetに近いLower Manhattanに事務所を構えることが出来ていました。他の多くのNPOはもっと立地条件の悪い場所、例えばManhattanの外れにある教会の片隅を間借りして事務所を運営していたりします。

立ち上がったばかりの小さなベンチャー企業が一つの事務所を共同で借りて経費を削減する。いわば、このようなincubation(保育器)の試みをNPOでも実践していたのです。また、立ち上がったばかりのベンチャー企業やNPOは共通した問題に接することが多いので、ご近所同士で相談して経験を共有できる、こういった観点からも共同事務所というのは良い発想だと思います。

国が変われば、組織の規模が変わればManagementも大きく異なる。それをInternship先のNPOで強く実感させられました。Internship先のNPOの運営については以上で紹介終わりです。次の記事、米国の「無給」Internshipの問題~無給で働くということ~にて「無給」 Internshipの問題点を詳細に書いているので、この記事に引き続き読み進めて下さい。

追記

米国社会では新卒採用という制度が存在しないため、新卒者も転職者も同一に競わなければならないのです。そこでは日本のように「コミュニケーション能力」という意味不明な能力ではなく、「実務能力」というより具体的な能力・実績を示さなければならないのです。

このblog記事の下書きをTwitter上で書いている際に、上記の赤字箇所にたくさんのReplyをもらいました。そのReplyを一通り読みましたが、各人十人十色の「コミュニケーション能力」の「定義」を持っているようです。こんな曖昧模糊とした能力を最も重要な能力として掲げているなんて、やっぱりおかしいし、これじゃ日本企業は、より具体的な実務能力を重視する米国企業と比べて競争力を失うはずだと思いました。また、このような「コミュニケーション能力」を重視していて果たして、「日本人の微妙な常識が通じない他国の優秀な学生」を採用出来るのだろうかと疑問に思いました。

この「コミュニケーション能力」についてさらに知りたい方のための資料紹介