日別アーカイブ: 2010年5月20日

韓国の一風変わったラーメン?ソルロンタン。

この記事ではシンガポール人のKennyとManhattanの32nd Streetにある韓国料理の店、Gam Mee Okでソルロンタンsul lung tang(牛骨の煮込み。米と麺を加えたスープ)という料理を食べた時の写真を掲載しています。sul lung tangは自分の好みで塩を加えて食べる料理です。

Kennyがこの当時韓国ドラマに夢中だということを聞いて、この店を訪れました。Kennyは「sul lung tangはドラマの中で出てきたんだよ」と嬉しそうでした。あと「韓国ドラマが最近面白く感じるから、日本語の次は韓国語を学ぼうかな」と言っていました。一つの言語を学んだら、次の言語も学べるような気は私もしているので、Kennyが言いたいことは理解できました。私も英語の他にも新しい外国語を学んでみたいなと思った夜でした。

社会を変える事ができる人間とは~現状に満足出来ない少数の熱狂的な人々が社会や組織を変える~

この記事では「社会を変える方法、人々をまとめる方法」を紹介します。なおこの記事は以前の記事、多国籍・多文化のNew York。そして英語ができない移民たちの暮らし。 と関わっているため、まだ以前の記事を読んでいない方は先に読んでみてください。

私自身は取り締まられたことないのですが、私はInternshipの期間中は法律に必ずしも従わない法の番人と戦うための法律指南をずっとやっていました。「警察官≠正義の味方」です。New Yorkの警察官は現場ではかなりいい加減なんだということを学びました。また、そのいい加減な現実がもたらす「社会的不正義」に貧困層や移民たちは晒されています。この「社会的不正義」は対症療法ではなくせません。問題が発生する構造事態を、法律を変える人達が必要です。

でも貧困層や移民たちは、日々の暮らしで手一杯です。違反切符が切られてどうしても対応しなければならないという時にしか、事務所には来ません。だからいつまで経っても同じ問題に苦しみ続けます。そんな「社会的不正義」を解消するためには5年先、10年先を見据えて行動する熱意ある人達が必要です。たとえ貧してくも、熱意と正義感を持つ指導者が必要なのです。そういう義侠心ある人達が言葉も民族も異なる人達をまとめることが出来ます。

この記事、多国籍・多文化のNew York。そして英語ができない移民たちの暮らし。 紹介したように、私のIntern先は6つの言語が話されています。このような集団をまとめるのは生半可な指導力ではまとまりません。そしてNPO代表は、これら多様な貧困層や移民達をまとめる各民族の指導者達に組織のボランティアを依頼していました。この人達は本当に魅力的な人達が多かったです。

組織/社会を抜本的に変えるには少数の強力な指導者/推進役が必要です。多くの人々は日々の生活で精一杯で長期的な視点から行動することはできません。そのため少数の指導者層が人々の行動を根本から変えてしまう変化を起こす必要があるのです。少数の強力な指導者が多くの人々をまとめて新しい制度/仕組みを作ること、そうすることによって結果的に組織/社会が変わります。

大多数の人々の小さな善意が積み重ねももちろん大切です。ですが、必要条件として組織や社会を変えるには強力な指導者が不可欠です。指導者層がいなければ小さな善意をまとめることは決して出来ません。たった20数人の松下村塾が明治維新で大きな役割を果たしたように、現状に満足出来ない少数の熱狂的な人々が社会や組織を変えます。普通の人々は日々の暮らしで精一杯です。遠い先の未来よりも今日、明日をどう生き抜くかで精一杯です。遠い先の実現するかどうか分からない曖昧な希望なんて人々、特に貧困層や移民の生活には何の役にも立ちません。

多くの貧困層や移民が所属しているNPO法律事務所にいて、この事を痛感しました。物事を大きく変えるには指導者が必要です。それも強力で仲間想いの指導者が。このような指導者がいなけば、いつまで経っても人々はまとまりません。次の記事からはこれら指導者達を紹介していきます。いずれも強烈な個性を持つ人達です。

理不尽な現実と戦うために、法律の力を使う。

今夜は私がIntern中に学んだ法律の事について紹介します。弁護士や弁護士の卵達と接する内に法律の手続き、法律の使い方について学びました。この記事ではそれらを紹介します。Internの一人から裁判の手続きを教えてもらいました。彼女の話によると裁判には2段階があるとのことです。

  1. 手続きが正しいか確認する。
  2. 事実を元に法的な判断を下す。

「1.手続きが正しいか確認する」について具体的に説明すると、例えば警察官が違反切符を発行した場合、その違反切符の必要事項をすべてちゃんとその場で記入している必要があります。違反の概要・日時・場所・どの法律に違反するかなどについてです。これらが適切に違反切符に書かれていない場合(実際かなりの割合で違反切符は正しく書かれていない)、これはつまり不適切な手続きがされているということです。それら不適切と判断された違反切符は「無効」です。法的な判断を確認する前の段階で破棄されてしまいます。

そもそもNYPD、New Yorkの警察官は法律に無知な事が多かったです。でもそういう状況にも関わらず、彼らはとりあえず違反と思われるから取り締まっておこうと取り締まりを行っています。そして、そんな適当に切った違反切符が裁判所では無効になります。これらは税金の無駄遣いだと私は思っていました。ただし、この警察官達が出鱈目に書いた違反切符でも、もし切符を切られた人が裁判所で抗弁しないと大変な事になります。それは自動的に違反したものと認められて、罰金を払うことになるのです。以前の記事で紹介したように、多くの人々はこの事を知らずに裁判を欠席して罰金を払っています。

また、警察官は違反切符が切りやすい人達ほど違反切符を発行します。文句が来ない人に連続して嫌がらせのように違反切符を切ることもあります。仮に文句を言ったら、後日意趣返しでさらに違反切符を切る場合もあります。警察官の横暴があまりにひどい場合は、その警察官を名指しで非難して裁判を起こして抗議をする事があります。しかしこの裁判はとても時間がかかるので、通常は泣き寝入りが多いです。

警察官が無闇矢鱈に違反切符を切るのは、月に最低何枚発行しなければいけないというノルマがあるためです。だから警察官は大した違反でもないのに違反切符を切りまくるのです。「手段(違反切符を切る)」と「目的(犯罪をなくす)」が完全に入れ替わっています。目的を見失っています。もし本当に違反や犯罪をなくしたいのなら、違反切符を切るのではなく、違反が起きないように構造を変えないといけません。でも、現場はそういう風には考えません。歪んだ構造のつけはいつも貧困層や移民といった弱者が支払うことになります。こういう事例を通じて「社会的不正義」という言葉を私は学びました。

このような「社会的不正義」に対する貧困層や移民たちの防衛手段は「事実をありのままに記録すること」です。事実を記録していれば、警察官が法律を違反している事を裁判で明らかにする事ができます。最善の手段は「現場の映像を記録すること」です。デジタルカメラや携帯電話などで映像を残す事です。もしそれが出来ない場合は「日付・日時入りの現場の写真を撮影すること」です。できれば撮影場所を確認できることが望ましいです。これらの証拠を裁判で突きつけるのです。

この法律の考え方は日本でも同じなので、もしあなたが問題に巻き込まれた場合は、事実を記録しておいてください。裁判所ではその事実を元に争うことになります。事実さえあればあなたは法の力を借りて、あなたを脅かす存在と戦うことできます。私が接した範囲だと中国系移民達はしたたかでした。彼らは英語はほとんど出来ませんでしたが、私達が伝えた「現場の映像を記録すること」を守っている人達が多かったです。中国人はしぶといなとこういうところでも感じました。

警察官や他の人達でも、何の法的根拠も無いのに、自分が不愉快だから弱者を虐げるという構造は接していてかなり暗い気持ちになりました。法治国家なのに法の番人が法律を無視している現場はとても考えさせられました。しかし、嘆いてばかりはいられません。自分に何の落ち度もないのに理不尽な事を強いてくる人達、違法行為を強要してくる人達、そんな人達と戦いたいのなら、法律の力を使わなければなりません。法治国家では法律があなたを助けてくれます。もしあなたが何も言い返さないと、彼らは増長します。そして、あなたに何の法的根拠もないのに理不尽なことを強制してきます。私は法律事務所でそういう人間の醜い面を何度も見てきました。

Internshipでは当初自分が全く考えていなかったこの「法律の使い方」を学ぶことが出来ました。これはInternshipの意外な副産物でした。この考え方を身につけられた事は自分にとって大きな財産となりました。