【書評】失敗学 失敗を個人の責任にするのはもう止めましょう。

失敗学を簡単に説明すると、「失敗やミスをやらかしても、それをきちんと省察することによってその後に活かそう」という考え方の事です。至極当たり前のことのようですが、これが時には難しく実践出来ていません。ましてや組織単位で失敗学を実践しようとすると、体面を重視する日本人には、まず失敗を隠蔽しようという真理が働いてうまくいかないです。

「同じ失敗を繰り返さない、失敗を活かすための考え方。」、一見ごくまっとうな考えのように思えるかもしれません。でも失敗学を学んだ私には、日本の多くの組織においてこの失敗学が全く実践されていないように思えます。

以下、失敗学を活用するための3段階の手順です。

  1. 人は必ず失敗する。人は失敗をやらかすものである事をまず認める。
  2. 失敗を隠そうとするのは自然の真理。だからこそ失敗が表に出てくる仕組みを作ること。
  3. 個人を責めるのではなく、失敗を繰り返さないための仕組みづくりをすること。

まず「人は失敗をやらかすもの」について。失敗をゼロにすることは、もちろんそれが実現されれば理想であり、究極の目標として掲げる分には結構です。しかし、残念ながら神ならぬ私たちは、常に100%の状態ではいられません。そして人は必ず失敗を犯すのだから、「人は必ず失敗するという事実を認める」必要があります。これは簡単な事に思えますが、ほとんどの人が出来ていません。例えば、あなたが職場で失敗をすると猛烈に怒ってくる人もそうである場合があります。何の対策もなく「注意しろよ!」というだけの人とかがそうです。こういう人は失敗をただ単に不愉快なものであるとみなし、失敗が起きたという事実を直視出来ていません。

「人は必ず失敗する」という事実を認めたら、次に「失敗を隠そうとするのは自然の真理」ということも理解する必要があります。誰でも精神的苦痛を味わいたくないのです。とくに、往々にして失敗の原因究明とその解決よりも責任追及に走りやすい日本の会社では、何か失敗をやらかしたとき、それを知られたくないと考えるのは自然なことです。ですから、人に指示を出す立場にある人は、ミスを隠そうとするのは人間の自然の行動であるということを肝に命じなければなりません。そして怒鳴りたくても、組織のためにグッと我慢してことに対処しなければいけません。管理職とは本来このように辛いものです。

以上の2つの事実を踏まえた上で「失敗を繰り返さないための仕組みづくり」をする必要があります。人は失敗をやらかすものであり、犯人探しや責任追及は隠蔽体質を生み、かえって原因究明を遅らせます。そうであれば、“失敗を憎んで人を憎まず”、失敗が起こり得る仕組みの側に注目し、仕組みを改善・改革して失敗の根を絶つ必要があります。

日本でこの「失敗を繰り返さないための仕組みづくり」が出来ている組織はどれだけあるのだろうか、ということを考えるといつもため息をつきたくなります。私がこれまで経験してきた多くの日本の組織では失敗を全て「個人の責任」にして、その失敗がなぜ起きたのか、「失敗を引き起こす組織の問題点」について考えない人々に、本当にうんざりするくらいに多くの人々に私は出会ってきました。失敗は個人の努力や記憶や注意力に頼っている限りは決してなくなりません。失敗をなくすための仕組みを考えるという創造的な思考活動によってのみ解決する事が出来ます。失敗は個人の能力に頼っているようでは決してなくならない。また、失敗をしない何でも出来る素晴らしい人材はいつまで経っても現れません。そんな子供じみた英雄願望は一刻も早く捨てて下さい。この事を認識することではじめて新たな発展が望めます。

そして昨日の鳩山首相辞任のNewについても失敗学の観点から記します。4年間で5人も首相が交代する日本政界の問題は、それぞれの首相達に問題があったからとは私には思えません。首相が辞めざるをえない仕組みが問題なのです。そしてこの仕組みを改めない限り、次の首相も1年で辞めることになるでしょう。短期間で国の代表がころころと変わることは日本の国益を大きく大きく損ねています。私達はもはや特定の政治家の誰かを非難している場合ではありません。「首相が4年間の任期を全うすること、そして任期期間中に効果的な政策を実行できること。」この当たり前のことがなぜ出来ないのかを問題として理解すること、そしてその原因を取り除く必要があります。仮にすべての点が素晴らしい理想的な政治家が首相になっても、今のままでは1年でまた引きずり下ろされます。

失敗を誰か特定の個人のせいにし続ける限りは、これからも同じ失敗は起こり続けるでしょう。そして多くの失敗は本来防ぐことが出来た失敗です。失敗が隠蔽されることなく、また個人のせいにするのではなく組織として対策をしていれば、本来防ぐことが出来た失敗は本当に数多くあります。

失敗学が全く実践されていなかったために起こった最悪の事故の1つは運転士と乗客を合わせて107人の死者を出した「JR福知山線脱線事故」です。この事故も失敗がなぜ起きるのかという組織としての問題点を無視して、あくまで運転手個人の責任として処理していたために発生したのです。失敗学を学んだ私から見ると、JR西日本でこの事故が起きたのは必然としか思えません。そして、JR西日本が未だにこの体質を改めていないということであれば、いつかまたこのような事故が起こることでしょう。

他にも例えば、劣悪な労働環境も失敗を直視しないことから発生しています。失敗を個人のせいにして、組織の問題点が全く改められない。だからいつまで経ってもみな同じ失敗を繰り返し続ける。そしてその失敗を挽回するために果てしない長時間労働をし続ける。失敗学が実践されていない、そんな学習しない組織で働く人々は本当に不幸だと思います。人事が間違っていない、かつ教え方がしっかりとしている。そういう場合は、ほとんど全員が業務で60点の出来には到達出来ます。社員を及第点まで到達させる事が出来ない組織は駄目な組織です。部下が仕事が出来ないのは十中八九、上司と組織の責任です。

これまでに紹介してきた失敗学は日本ではまだほとんど根づいていません。そして、私達はいつまで同じ失敗を繰り返し続けるのでしょうか。失敗学を学んだ身としては、この現状が本当に歯がゆいです。この記事で紹介している考え方、失敗学(≒経営学)の考え方というのは日本だとまだ新しい考え方なので、それほど知られていません。特に年輩になればなるほど、また若い人でも本を読まない人達はこの記事で紹介している「失敗学」の考え方は微塵も知らない人が多いです(特にいわゆる「体育会系」と呼ばれる人達)。せめて私達は現在日本にある悪しき風潮、「失敗を個人のせいにしていつまで経っても学ばない」という根絶すべき悪しき風潮をこれ以上後世に伝えないようにしていきましょう。

この記事を書くに当たって参考にした書籍

  1. 失敗学のすすめ (講談社文庫)
  2. 「失敗をゼロにする」のウソ [ソフトバンク新書]

はじめて失敗学の本を読みたい人は1の「失敗学のすすめ (講談社文庫)」がお勧めです。また、私はこの記事を書くに当たっては2の「「失敗をゼロにする」のウソ [ソフトバンク新書]」から多くの文章を引用しました。2も読みやすいのでお勧めです。

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