月別アーカイブ: 3月 2010

とある米国人夫婦、MichaelとGraceの夫婦のあり方

この記事ではとある米国人夫婦、MichaelとGraceの夫婦のあり方について紹介します。MichaelとGraceの夫婦関係を見ていて驚いたのは、常に相手に対する愛情を口に出して、何かある度に抱きしめてKissしていること。常に相手に愛情を示しているということです。ちなみに彼らは共に50歳代半ばを過ぎており、夫婦になってから30年は過ぎています。

そしてこれは私に対しても同じです。家の中でいつも出会う度に”How are you?”と声をかけてくれます。日本ではこういう風に頻繁に声をかけてもらうことはなかったので新鮮でした。以心伝心だと言って言葉に出さないのではなく、ちゃんと言葉に出して挨拶をする。挨拶をして相手のことを認めるというのはとても良い習慣だなと思いました。

ここで何気ない日常の場面ですが、とても印象深かった場面があるので紹介します。記憶に残っているのは午後6時くらいの夕暮れ時に玄関先にあるベンチに座ってGraceがMichaelの帰りを待っていた場面です。彼女は暮れゆく夕日の中で夫であるMichaelの帰りを待っていました。そこには何十年も連れ添っても、それでも夫の帰りを待つGraceの姿がありました。そしてMichaelが帰ってきたら、抱きしめてKissをしていました(私のいる目の前で)。そして、その夜は家族で一緒に夕食を取りました。彼らには一度も言いませんでしたが、それはとてもとても幸せな光景だと思いました。彼らには内緒にしていましたけど、何気ない日常の場面であんなに感動させられるとは思いませんでした。

長時間労働が常態化して、週末以外は家族と十分に過ごすことができない。そしてお互いに声を掛け合う習慣のない日本では見られない光景だったので胸がいっぱいになったのを覚えています。表面的な欧米の生活様式だけでなく、こういう良い文化についてもちゃんと日本に輸入できれば良いなと今は考えています。

Facebookにはそんな彼らがPartyで楽しそうに踊っている写真が掲載されています。日常生活では、夕食はいつもは一緒に取り、夕食後はTVを観て笑う。また休暇では一緒に旅行に行きます。ここで一つ思い出しました。誕生日Partyは毎回凄いんですよ。家族の誰かの誕生日にはいつも家族全員で祝っていました。そして、祝われた人も「ありがとう」と言って本当に嬉しそうにする光景は良いなと思いました。

彼らのような夫婦のあり方だと、Michaelが仕事を引退した後でも上手くやっていけると思いました。一方これが日本だと、それまで仕事三昧でほとんど家にいなかった夫が家にいつもいるようになってそれが妻のストレスになるという話しをよく聞きます。

彼らの夢はいつか「発展途上国に図書館を作ること」です。Graceは教育の重要さをいつも語っていたし、MichaelはそのSystemを作りたいと言っていました。そこまで行かなくても、途上国で教育支援はしたいと言っていました。将来の夢を一緒に共有できる関係というのは、「良い夫婦関係」という言葉を越えて「お互いを尊敬できる夫婦関係」だと思いました。彼らは頭が良くて、お金があって、そして英語が話せるからこの夢は本当に実現してしまいそうです。

NYCで経験した「日本にはない夕暮れ時の豊かな時間」については特に書きたい記事なので後日別記事で改めて書きます。ワーク・ライフ・バランスとは何なのかということを考えるきっかけになる記事です。

Grace Open Mind(偏見のない広い心)なお母さん

この記事はHost Familyのお母さん、GraceのOpen Mind(偏見のない広い心)について紹介します。GraceはバミューダBermudaからの移民2世の黒人女性です。また、彼女については以前に一度記事で紹介したのでそちらも参照下さい。

NYCは本当に多様な人達で溢れかえっています。しかしながら、異なる民族同士では意外と交流はありません。Manhattanの職場では国籍・人種が異なる人達が交流するが、仕事以外の場所では交流が少ないです。。同じ国籍、同じ人種、同じ民族の人同士が集まって暮らしています。私生活では自分と似たような人達としか交流しない、NYCはタコツボ社会です。私も何度か夜にBarに行きましたが、そこでは白人の店では白人だけ、Asia人の店ではAsia人だけという感じでした。見事なまでのタコツボ社会だなとその時に思いました。実際、よく知らない人達に対しては、恐れや差別感情を誰もが持つと思います。私も含めてみなこの感情は持っています。今日印象的な記事を見つけたので参考にしてください。

私はNYCに滞在したおかげで、日本人以外の人々や自分と異なる考えを持つ人に対する差別感情は1年前の自分と比べるとずっとなくなりました。この記事は流石にひどすぎると思いますが、程度の差こそあれこういう感情は人間だれしもが持っています。また、特に集団で集まっている外国人は差別感情を持たれます。分からない言語を話す、人数が多い、かたまっている、これらが無条件で不安感をあおるのでしょう。海外にいる日本人も例外でないです。

さてここからGraceの紹介です。タコツボ社会のNYCの中で、Grace宅には多くの国々からの異国情緒豊かなお土産がたくさん飾られていました。これらはこれまでにGrace宅にHome stayした人達が残していったものです。私も日本特産の「となりのトトロ」のぬいぐるみをお土産に残していきました。Grace宅では常に他国からの留学生・旅行者を受け入れていました。また、たくさんの親戚が彼女の家によく滞在していました。日本人が考えるよりもずっとたくさんの親戚が来たので、私は何人に会ったか忘れました。

彼女がこのように自分とは異なる人々を受け入れようと考えるになったのは、10代の時に欧州へ旅行して人生観が変わった事がきっかけでした。

「それまで世界の全てだと思っていたBrooklyn(NYCの区の一つ)が実は限られたごく狭い世界にすぎない事を知って、もっと他の世界を知ってみたくなった。」

とGraceは言いました。彼女はそういう考えの持ち主だったので、以前は空港の国際線の部門で働いていたそうです。そこでの仕事は彼女にとってとても刺激的で楽しかったそうです。自分とは異なる他者を受け入れるのはとても難しいです。現に私が住んでいたBrooklyn地区は黒人とユダヤ人ばかりの地域でアジア人はほとんど全く見かけませんでした。しかし、Graceは気にすることなく異なる国籍を持つ人々を受け入れていました。

そしてまた、彼女も配偶者であるMichaelと同じくとても教養がある人間だったので、政治活動から慈善事業まで幅広く行っていました。違うことが大好き、Change大好きな彼女なので、その活動内容も面白かったです。NYCの市長選挙では現市長の対抗馬だったBill Thompsonを支援していまいた。彼女はなんとBill ThompsonのPR資料に彼と一緒に歩いている写真が掲載されていました。また、昨年夏に日本が自民党から民主党へ政権が変わった際にも「変わることは良い事」となぜか喜んでいました。

さらに、Haitiの地震が会った際には寄付の集会に参加して$1,000をポンと寄付していました。米国社会の凄いところはMichaelの会社も個人の寄付金と同額の寄付金を出すという制度を持っていることです。つまりGraceの$1000+会社負担の$1000=$2000がHaitiに寄付されました。

あと印象的に残っていることで「日本人は集団主義だと聞いたけど、その場合、あなたの個性はどうやって活かされるの?」と聞かれました。そして「会社や組織の役割って、それぞれ違う能力や背景を持った人達の良い点を引き出すことでしょ。集団主義で個人の個性が発揮出来なければどうやって仕事を進めるの?」と不思議がっていました。集団主義の日本人として、この問いにはみなさんどのように回答しますか。

私はこのGraceのOpen Mindのおかげで、私と同じ時期に彼女の家に滞在した色々な国の人と知りあうことが出来ました。ここで知り合った人達についてもおいおいと紹介していきます。最後にGraceのOpen Mindを象徴するのにぴったりの言葉があったので、一連のTweetのまとめとしてBronx動物園で見つけた言葉を紹介します。

“In the end, we will conserve only what we love, we will love only what we understand, we will understand only what we are taught.” Baba Dioum

日本語訳 : 結局、私達は知っているものだけを理解することができる。私達は理解しているものだけを愛する。そして私達は自分たちが愛しているものだけを守る。

よく働き、よく学び、よく遊び、家族と共に過ごすMichaelの生活

Michaelに関する最後の記事は「よく働き、よく学び、よく遊び、家族と共に過ごす彼の生活」についてです。

Michaelの生活は基本的に午前7時に自宅を出て、New Jersey州にある職場へ。そして午後5時にはいつも帰宅していました。日本のProgrammerでこういう生き方を出来る人ってどれくらいいるのでしょうか。そして夜御飯はたいていMichaelが調理して、家族と一緒に夕食を取ります。そういえば感謝祭の時や私との最後の晩餐も全て彼が調理していました。また、金曜日はDateの日らしくたいていGraceとどこかに出かけています。離婚が当たり前の米国では極めて円満な夫婦関係だと思います。彼女の誕生日にもわざわざ早く帰宅して料理を頑張っていました。日本の男性で彼と同じような事をする人はどれくらいいるのでしょうか。また3人いる娘さん達もみんな美人で性格が良くて高学歴です。これも彼ら夫婦の良い影響があったためだと思います。

そしてまた、1年間に5週間ある休暇では別荘のあるFloridaや海外旅行によく行っていました。優雅です。いつも旅行のお土産を私は貰っていました。あとは休暇中に勉強している姿もよく見ました。「これから2週間、(何か新しい事)について学ぶからずっと自宅にいる」ということもありました。

また、読書家なので話すと色々な社会的な出来事についても教えてくれます。今ひとつ面白い話しを思い出したので紹介します。住んでいる場所から3つ目の駅がすごく汚いのが許せなくて、なんとかしようと思い”311(NYCの総合問い合わせ窓口)”に友人達と電話し続けた。そして「掃除をさせるという約束を取り付けた!」という事を聞いたことがあります。まあその駅はもともと凄く汚く、結局まだ汚いままなんですけどね。それでも仕事以外でも元気だなと思いました。

あとは毎日のように近所の運動施設に通って、泳いで、走って、自転車を漕いでいました。トライアスロンtriathlonに定期的に出ているとのことです。

そんなMichaelですが、もちろん細かい欠点はありますよ!このblogではそういう点をあまり書くつもりはありませんが、一つだけ紹介すると、話しだすと止まらない点とかですかね。私とはSci-Fiの趣味が共通していて、私がフンフンと頷いているので、そういう最先端科学に関する蘊蓄を滔々と語っていました。こちらがそろそろ開放してほしいなと思っていても話し続けていたりしました。子供が娘3人だったから男の子が欲しかったのかもしれません。

以上でMichaelについての紹介を終わります。仕事だけでなく他の面でも、全人的に優れた人だなと私は尊敬していました。そして残念ながら日本ではMichaelほどに尊敬できる男性に私は出会ったことはありません。

  • 補足 Twitter上で質問であった質問 「なぜ彼はそこまで勉強するのか。」

移民の第2世代は通常とても熱心に勉強し、働きます。それは親世代が非常に苦労して働いている姿を目の当たりにするからです。またこれが出来ない移民達は米国では淘汰されてしまいます。彼らは生きるために働き、学んでいるのです。米国はそういう厳しい面が有ります。

関連記事

1日8時間労働で十分に成果を出し、かつ普通の人の倍以上の収入があるMichael。1日14時間労働をしている日本人よりも、Michaelの方がずっと価値のある仕事をして、また収入も桁違いに高いです。なぜ彼が価値ある仕事が出来るのか。それを次の書評記事で紹介しています。この話題に関心のある人は引き続き読み進めて下さい。

Michaelは7つの言語を理解します。

先程の記事ではMichaelが学位を3つ持っていることについて紹介しました。この記事ではMichaelの言語的な才能について紹介します。Michaelはなんと7カ国語を理解します。Michaelは現在日系金融機関に勤務しており、国際的な業務を扱う基幹Systemを担当しています。そこでは彼が7ヶ国語を理解することがとても重宝されているようです。

もともとMichaelはPuerto Rico(プエルトリコ)から来た移民2世なので、自宅ではスペイン語Spanishで話していました。そして学校では英語で教育を受けました。だからまずこの2ヶ国語を母国として話せることが出来ます。また、親は米国移民にありがちな低賃金・長時間労働の仕事をしていたので、親に代わって料理をすることを覚えたとも言っていました。

その後、転勤でFrenchフランス、Italyイタリア、 Brazilブラジルに滞在し、そこでそれぞれFrenchフランス語、Italianイタリア語、Portugueseポルトガル語を習得しました。これらは今でも日常会話ならちゃんと出来るし、新聞を読める程度の読解力はあるとのことです。だから職場でSpanish, French, Italy, Portugueseの電話がかかってきたら、たいてい彼に電話が回されるそうです。

そして日本語についても分かるそうです。Michaelは日系企業に勤めており、同僚に日本人が多いから覚えたと言っていました。簡単な日本語と、そして会計とcomputerに関わる専門用語なら理解できると言っていました。ただ、現状日本語は学ぶ動機が次に紹介する中国語よりもないため積極的には学んでいないとのことです。

最後の言語は中国語Mandarinです。最近の経済情勢を反映してか、中国とのやり取りが多くなったため中国語を勉強中です。中国語はまだ初級です。漢字でだいぶんと手こずっているみたいです。

Michaelはちなみにいま50歳半ばです。私は日本で50代でここまで自主的に勉強している人に出会ったことがないです。また先程の記事とも関連しますが、自分の専攻を大きく変えるために大学に戻ったという話しも私は日本ではほとんど全く聞いたことがないです。Michaelの場合はしかも文系からの理転。日本の場合だと同じようなことをするのは医学部の再受験組くらいでしょうか。

目先の改善ばかりして、抜本的な改革をしない日本人には彼の生き方は学ぶことは多いのではないでしょうか。彼の生き方は米国ではどうやらそれほど特別ではないようです。あとでまた似たような事例を紹介しますが、他にも一度社会に出てから大きく専攻を変えた人達、そんな人達と私は米国で何度も出会いました。私はMichaelの生き方をみて「普通の日本人は彼のような米国人には絶対に勝てないな」と思いました。「仮に短期的には勝っても長期的には絶対に負ける」と思います。

次の記事では「よく働き、よく学び、よく遊び、家族と共に過ごすMichaelの生活」についてより詳しく説明します。

Michael 3つの学位を持つお父さん

この記事では米国滞在中に私が出会った最も面白い人物の一人であるHost Familyのお父さん、Michaelについて紹介します。これから紹介する彼についての一連の記事は普通の日本人にとってはきっと「とんでもない考え」に思えると私は確信しています。

MichaelはプエルトリコPuerto Ricoからの移民2世で黒人です。Michael、通称”Angel”は学位を3つ持っています。以下、Michaelが持っている学位です。それぞれについてこれから順番に説明していきます。

  1. “Communication”
  2. “Accounting(会計)”
  3. “Programming”

私が米国にはじめて着いたとき、Grace(Host Familyのお母さん)が迎えに来てくれました。そしてJFK空港から自宅までの車内でGraceのBrooklyn訛りを持った英語は半分くらいしか分からなくて、さっそくCulture Shockを経験してちょっと落ち込んでいました。Brooklyn訛りというのは、早口で音がところどころ省略されている英語で、日本で通常聞く「きれいで明瞭な英語」とは程遠い英語です。その後一緒に暮らしている内にほぼ100%理解できるようになりましたが、初日は自分の英語は米国では通用しないのかと暗澹たる気持ちになりました。その後、Brooklynの自宅に付いてから、Michaelに挨拶しました。Graceの英語とは異なり、彼の英語ははじめからとても分かりやすかったです。これは後で知ったのですが、大学時代にRadioのDJをしていたそうです。だから聞き取りやすい明瞭な英語を話すのに慣れているということでした。これは最初の学位の”Communication”を専攻していた時に習得した技能でしょうね。また、MichaelはもともとRadioのDJをしていたような人なので非常に気さくで笑顔が素敵な人でした。

Michaelの職業はComputer Programmerです。そしてそんな彼の職業は職場での呼び名は”Angel”です。これは冗談じゃなくて、もらったBusiness Card(名刺)にも”Angel”って名前の前にそう書いてありました。昨年暮れに出席したChristmas Partyでは同僚から”Angel”って呼ばれているのを私も聞きました。中にはMichaelの本名を知らずにAngelという呼び名しか知らない人もいたくらいです。役職(部長、課長、係長など)で呼び合う堅い職場よりも、こういう風に遊び心を持って同僚と話せる職場の方が風通しが良くて楽しそうだなと私は思いました。日本においても役職名で遊ぶくらいの心の余裕がほしいなと思いました。もし私が日本の職場で同じことをするのなら「侍大将」とか「風来坊」とかの呼び名をつけて遊んでしまうかもしれません。また自転車好きの同僚が多いのなら”Birdy”とか”Bianchi”とかそんな通り名をつけて遊んでしまうかもしれません。そしてMichaelの”Angel”という通称は、たぶんComputerで困っている人を助けて回ったり、新しいProgrammingを組んで問題を解決するからそういう名前が付いたのかなと私は思いました。

そんなMichaelですが、Computer Programmerをする前は会計の仕事をしていたそうです。”Communication”の学位に関連したRadioのDJではお金にならないから”会計”の学位を取ったという話しを聞きました。しかしMichaelにとって会計の事務仕事が絶望的につまらなかったらしく、本当に仕事が嫌いだったそうです。なんでも会計事務所は「”非効率”の固まり」だと言っていました。そんなときに出会ったのがComputer、とりわけSpread Sheet(Excel系統のSoftware)の効率性にすっかりと魅せられて、三度目の大学入学を決意しました。ちなみに仕事しながらです。またこの時点で娘が3人います。

MichaelはProgramming自体は嫌いだけど、Computerによって生み出される”Efficiency能率”にすっかりと魅せられたと言いました。そしてそこで身につけたEfficiencyで何をしたかというと…

例(1)     これまで8時間かかっていた仕事をProgrammingを組んで1時間で終わるようにした。だから当時の職場では1日で1~2時間しか働かなかった。仕事が終わるとすぐに自宅に帰って、家族と昼食を一緒に食べたり昼寝していた。また、新たなProgrammingの勉強の時間に充てていた。

これ日本ではたぶん認められないでしょうね。日本でやると、一人だけ違うことをしていると周りから非難轟々でしょう。

例(2) これまで1年間かかっていた工場の工程管理をProgrammingを使って2ヶ月で済むようにした。

Michaelによると「頭の固い古い世代の説得をするのはメンドくさくてやっていられない。だからさっさと新しいComputer Systemを作って、彼らが従わざるを得ない仕組みを作った。」と誇らしげでした。

このMichaelの考え方は私にも強く影響を与えました。現在、私がblog記事を熱心に書いているのも彼の教えを実践しているからです。私の英語勉強法や米国体験記を一人ひとりに口頭で伝えたら、いつまで経っても終わりません。でもWebsiteにまとめてしまえば、私がいなくても代わりに説明してくれるだろうという考えに基づいて現在blogを作っています。一人に説明するとたぶん6時間はかかります。でもWebsiteにまとめたおかげで、今日(3/29)だけでも1000人以上の人達が私のWebsiteに訪問して、私の記事を読んでいます。Computerのおかげで今はとても楽が出来ています。

Michaelについて続けます。通常IT関係のEngineerというと、Computerと会話をするのは得意だけど、人と話すのは苦手、Businessの話題を理解できないという事がままあるそうです。でもMichaelはCommunicationと会計の学位・職歴を持っているので、普通の技術者とは全然違います。仕事の流れを理解して、Programmingして、そして同僚がちゃんと理解出来るように説明することができます。専門的な能力を3つ組み合わせて、他の人達よりも抜きん出て仕事ができるのです。

学位を3つ持っていることの有利さについてここで一端終わりで、次の記事ではMichaelの言語的な才能について紹介します。Michaelはなんと7カ国語を理解します。

  • 追記 Twitter上でこの記事に関して、印象的なReplyをもらったので紹介します。
ある程度の年齢になってからでも、努力して学位を取り、身につけた知識や技能が評価される社会は素晴らしいと思います。ユタの州立大に語学研修に行っていたとき、年を取った学生と知り合いましたが、「子供が出来たから、いい仕事につきたい」として学んでいたことが印象深いです。

Host Familyを選ぶ際にこだわったこと。

次の記事からHost Familyの詳細説明を本格的にしますが、この記事では私がHost Familyを選ぶ際に考慮したことを記します。私がHost Family先を選ぶに当たって条件を挙げたのは下記の2項目です。

  1. 食生活に気を使っていること。極端に肥満していないこと。
  2. 本棚が充実していること。

ただし、相手側に要求するだけでなく、以下の条件について私は承諾しています。

  • 酒・煙草は全く嗜まない。
  • 食べ物で好き嫌いは全く無し(不味いものは嫌いですよ)。
  • 子供・お年寄りと暮らすのも大丈夫。

私が米国滞在中に最も懸念していたことの一つは「肥満」です。米国は日本とは比較にならないくらいの肥満大国なので、当時は太る事を最も懸念していました。私がお世話になった家族はこの点しっかりとしていました。詳細はおいおい書いていきますが、感謝祭の親族・関係者が集まる家庭Partyでは肥満した人は誰もいませんでした。私は1月からの雪の影響と送別会の嵐で2kg太ってしまいましたが、それまでは日本にいたときの体重を維持していました。食事の点については良い家庭に当たったなと思っています。ちなみに、New Yorkは地下鉄が普及して徒歩で移動できる街なので、車社会の他の街に比べると肥満は少なかったです。あと、教養ある人達は自衛のために積極的に運動施設に通って汗を流していました。

もう一つの「本棚が充実していること」についても大丈夫でした。私はかなり教養ある家庭にお世話になりました。毎週Timeが宅配されてくるような家庭だったので、滞在中はTimeばかり読んでいました。これも詳細はおいおいと紹介していきます。この教養ある一家にお世話になったおかげで結果的に私はたくさんの教養ある人達を紹介してもらいました。そして、私は米国の良い面をたくさん知ることができました。

語学学校で出会った他のClass Mate達の中にはHost Family宅の環境の悪さから宿泊先を変えたという話しも聞きました。こういう話しを聞くと自分は運が良かったのだなと思いました。また、日本人の中には「日本人向け、日本人ばかりの寮」(ManhattanのEast Villageあたりにあるらしい)に滞在することもあると聞きましたが、それでは日本にいるのとあまり変わらないと思います。せっかくですから米国人の家庭にお世話になった方が学ぶことは多いと私は思います。

私は彼らから米国での生活の基本を全て教わりました。生活に関わる細々とした事は意外と日本とは異なるので米国人と一緒に暮らせば、これらについて問題なく学ぶことが出来ます。洗濯機やStoveなどの家電については、使うのは簡単だけど誰も教えてくれる人がいないとなかなか辛いと思います。またNYCの場合は冬場、家庭にある洗濯機が凍結して使えなくなって、公衆洗濯機を使わなければならなくなりますし。

次の記事からはHost Familyについて具体的に説明していきます。彼らについての紹介は、これから書く記事の中で最も面白い内容の一つになると思います。

【補足】米国留学前に読んでおいた方が良い書籍一覧

米国に留学するのなら事前にこれくらい知っておいた方が良いだろうという書籍を紹介します。おそらく日本人が学生や企業の駐在員として米国を訪れた場合、下記書籍で紹介されているような事にはあまり触れられないと思います。米国で異邦人として暮らしている場合に学べない事、これらを事前に学んでから米国に行った方がより深く米国を理解することが出来ます。

  1. ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書)
  2. ルポ 貧困大国アメリカ II (岩波新書)
  3. 超・格差社会アメリカの真実 (文春文庫)
  4. ニッケル・アンド・ダイムド -アメリカ下流社会の現実
  5. アメリカ下層教育現場 (光文社新書)
  6. 太りゆく人類―肥満遺伝子と過食社会 ハヤカワ・ノンフィクション

1~5で米国の格差の現実、そして私は特に関心のあった肥満問題については6で学びました。2については書評を書いているので参考にしてください。

また米国の歴史についてですが、私は米国大統領は32代目のフランクリン・ルーズベルトから現在のオバマまで何も見ずに言えるくらいの知識はあります。そして当然日系移民の苦難の歴史も学びました。日系移民の件についてあまり日本では知られていないようなので詳細を説明します。以前にTwitter上でL.A.に観光に行った際にマンザナール強制収容所に関連した施設に行くまで、第二次世界大戦中に日系移民が米国で強制収容された事実を知らなかったという人がいました。米国に留学するのなら日系移民、私達の先祖が体験した非人道的な強制収容、そしてそこで味わった苦しみと悲しみの歴史を知っておくべきではないかと私は思っています。日系人の強制収容の歴史についてなんで義務教育で習わないのか今はとても不思議に思います。

また日系人の強制収容に関しては「二つの祖国/著 山崎豊子」もお勧めです。日本国内にいて日本人だけと接している場合には理解しづらい「祖国(母国)」という考え方について強く意識できると思います。非常に読み応えのある本なので長期休暇の時にでも読んでください。私は10代の時にはじめて「二つの祖国」を読んで、こんなにすごい小説を書く人が日本にいるのだなと感服しました。私はこの本以降あまり質の良くない小説が馬鹿馬鹿しく思えて、そういった小説が読めなくなってしまいました。それくらいに凄い小説です。

私は米国映画や米国音楽が好きで留学を決めた親米的な日本人よりは、むしろ米国に対して斜に構えていると思います。しかし、そういった暗い面を踏まえた上で米国の良い面を紹介していこうと思っています。この点についてご承知ください。「盲目的に米国を礼讃するのか」というようなReplyやCommentをときどき貰いますが、そんな事ないということを知っておいて下さい。