「科学、産業、ビジネスの分野でニューヨークは世界の中心的役割を果たしています。図書館建設には莫大な資金がかかっていますが、我々が得られるものに比べれば些細なものにすきません。」ジュリアーニNew York City前市長【未来をつくる図書館】
かつて『ニューヨーカー』誌は、「自由の女神がニューヨークへの到着を歓迎する象徴的な門であるならば、図書館は移民たちがその可能性を伸ばすことができる場である」と書いている。【未来をつくる図書館】
私はこの本を読むまでは図書館は「無料貸本屋」だと思っていました。しかし本書をを読んで、図書館が持つ多様な可能性に気付く事が出来ました。そんな図書館の可能性を感じられる本書で紹介されている様々な事例をこれから紹介していきます。最初に一つだけ断っておくと、「未来をつくる図書館」で紹介されている図書館はNew York Public Library(ニューヨーク公共図書館 略称 NYPL)という市民が運営する”NPO”です。この図書館は国や州が運営している訳ではありません。
本書の冒頭から早速驚かされたのは「図書館から起業家が生まれる」ということです。ゼロックスのコピー機はNYPLから生まれたと冒頭で説明がありました。ゼロックスの他にも多数の起業家がNYPLから輩出されています。考えてみれば、大学発の起業家は珍しくありません。大学と同じように「知識が集まる図書館」から起業家が生まれるのも十分あり得る事だなと今は思います。でも、この本を読むまで思いつきませんでした。盲点でした。NYPLには古今東西の書籍、資料、Dataが集まっています。それらの人類の英知を上手く活用すれば、本当に多様な事が出来る。図書館というものは私達が考えている以上に、実は凄い可能性を秘めているのではないでしょうか。
他にNYPLの一つの特徴として、情報を管理する優秀な司書(修士の学位を持つ)がいて、図書館にある各種資料を利用者の必要に応じて提供してくれます。また、利用者が図書館を効果的に利用できるようになるために、たくさんの講座を開催しています。 そして、 新しい事業を始めるのには詳細で高度な情報が欠かせません。しかし、大学や大企業などの機関に所属していない人達は大規模なDatabaseを利用する機会がありません。そういった人達にデータベースを提供して事業に役立ててもらうために、NYPLはDatabaseを一般の人達に開放しています。
図書館が主催する講座の参加者の一人に、19歳の時にメキシコから移民してきたという32歳の男性がいた。彼は図書館の本やデータベース、インターネットなどを活用して情報収集を行い、各種講座も受講して起業準備を勧めていた。【未来をつくる図書館】
調査の際には「潜在的な顧客の把握」「競合企業の調査」「ビジネスを行う州の状況把握」といったポイントを絞って調査することが提案され、それぞれに応じた本やオンラインの情報源がリストアップされ、戦略的な調査法もまとめられている。【未来をつくる図書館 41頁より】
図書館という公共的な場でビジネス支援というのは最初は違和感があったが、ビジネスを行うためには情報収集は不可欠であり、とりわけ大企業に比べて情報環境が遅れがちな地元の中小企業や個人経営者をサポートするのは、理にかなっていると思えるようになった。【未来をつくる図書館】
組織から離れて活動するこうした人々こそ社会を変えようという意識も人一倍強く新しいアイディアで社会を活性化させる格好な人材であると感じた。そして、こうした人達に情報へのアクセスを保証し「オフィス・スペース」を提供する図書館は実は非常に重要なインフラかもしれないと考えるようになった。【未来をつくる図書館】
科学産業ビジネス図書館(SIBL)には「中国で帽子を製造して輸出するビジネスをしたい」といった漠然とした質問にも懇切丁寧に答えてくれる司書が存在していて、実に心強い。【未来をつくる図書館】
アメリカで司書というのは、大学院で図書館学を学び修士号を修めた人を指し、日本に比べるとより実践的で専門的な教育を受けている。(だから起業についても助言が出来る)【未来をつくる図書館】
情報というのはBusinessにおいて強力な武器に成り得る。この情報を図書館が市民に提供するということであれば、その武器を使って起業する人達が生まれるのも頷ける話です。正直言って、NYPLの一連の試みを読んで圧倒されました。興味深い内容が多かったので引用をこんなにもたくさんしてしまいました。そして、日本で「図書館発の起業家」というのは私は聞いたことがないのですが、どなたか知っている方はいらっしゃいますか。もしいらしたらこの記事へCommentをお願いします。
知識が集まるNYPLが貢献するのは企業活動だけではありません。芸術にも同様に貢献しています。古今東西の芸術作品、例えば舞台芸術の記録(過去の映像資料/音源、脚本家直筆の脚本)が残されているため、温故知新という言葉通りに、図書館に残る過去の素晴らしい芸術作品を参考にすることで新しい発想を生み出し、新たな芸術作品が生まれるのです。
またNYPLはアメリカ同時多発テロの際にも活躍しました。テロの事件報道一色のマスメディアとは一線を画した市民のための情報を提供し続けたのです。
NYPLはテロの翌日にはWebsiteに「緊急電話番号リスト」を公開。項目には、病院、警察、災害支援団体や市の緊急用窓口、世界貿易センタービルにオフィスを持つ金融機関などの一覧、病院、学校、公共交通機関や空港などその他交通機関の運行情報、献血、寄付、ボランティア、保険な喉各種相談窓口などの案内情報が掲載された【未来をつくる図書館 91頁】
その後の「炭疽菌事件」が起こった際にもNYPLは素早く対応した。生物兵器によるテロとは何か、その対処法や、関連書籍リストやリンク集をただちに作成したのだった。【未来をつくる図書館 97頁】
これらの迅速で素晴らしい対応には唸りました。手元にある情報を活かして、いままさに市民が必要としている情報を図書館が提供したのです。豊富な情報が手元にあり、それらを上手く活用・紹介出来る人達がいれば、これほど市民のために素晴らしい情報提供が出来る。一連のテロ行為への対応を知って、図書館が持つ可能性を感じました。他にも紹介したい事例は山ほどあるのですが、それは実際に本書を取ってご確認ください。他の事例としては医療情報の提供、児童教育、高齢者・障害者に向けたService、英語が出来ない移民たちへのServiceなどなどたくさんあります。
ここで本書で私が最も印象に残った事例の1つを紹介すると、それは「ハーレムHarlemの大気汚染」を打開するためにNPOが取った行動です。「Harlemでは、ぜんそくが原因による死亡者多いのではないか」という疑問からあるNPO団体は調査を始めました。しかし、マスメディアには市民が社会問題を調べる素材となるような情報がほとんど存在していなかったのです。これはInternetと同じです。「専門的」かつ「少数の人にしか需要がない」、そのような情報はNet上には今でもほとんどありません。しかし、国や行政を動かすにはこういった「入手が困難な、客観的で専門的な情報」が必要なのです。
ここでNPOが情報収集や資料作りに活用したのは、地域の公共図書館でした。彼らは図書館から得られたInternetやマスメディアでは取り扱っていない「専門的で客観的な情報」を元に資料を作成し、州知事や市長、地元住民や一般市民らに現状を知らせ、行政を動かしたのです。彼らの活動はNPOにとっていかに情報収集と情報活用能力が重要であるのかを再確認させてくれました。声高に感情的に叫ぶだけでは、個人を動かすことは出来ても、国や大企業は動きません。彼らを動かすためには「専門的で客観的な情報」が必要なのです。紹介したNPOは図書館を活用してこの「専門的で客観的な情報」を入手出来たのです。
ここからは国や州ではなく市民が運営する”NPO”としてのNYPL, New York Public Libraryの紹介をします。NYPLは日本人の多くが想像するNPOとは大分違います。資金集めのための営業部、図書館のブランドイメージを向上させるためのマーケティング部、市民との対話を行う広報部があるのです。このように大企業と遜色ない組織です。
ナスダックより寄付金を受けるニューヨーク公共図書館のスタッフたち。企業からの寄付は重要な財源だ。【未来をつくる図書館】
図書館の前理事長は社交界にも顔が広い資金集めの達人で、二年間で$3億5000万(約320億円)をあつめるという偉業を成し遂げ、最終的には目標額をはるかに超える資金を集めることに成功した。【未来をつくる図書館】
ニューヨーク公共図書館はニューヨークに多数進出している日本企業から資金提供をしてもらおうと、スタッフを日本語教室に送り込み、各社をまわったことがあったという。けれども「日本企業は、一般的に社会貢献の意識が希薄で、なかなか協力が得られませんでした。結局、投資に見合わなかったので日本企業からの寄付は諦めてしまいました。」と広報担当者は苦笑する。【未来をつくる図書館】
ニューヨーク公共図書館の事業開発部が資金調達に奔走するのに対して、図書館のイメージを魅力あるものとして広く伝えていくのが、コミュニケーション&マーケティング部の役割だ。部長をつとめるナンシー・ドナーは、過去5年間に国内外のメディアによる図書館の報道を倍増させた実績を持ち、アメリカ広報協会やアメリカ図書館協会などをはじめ数多くの賞が贈られている。【未来をつくる図書館】
コミュニケーション&マーケティング部のドナー部長たちは、なるべく経費を使わずにメディアで取り上げてもらえる方法に常に考えを巡らせているため、高くつく広告費を節約して、少ない予算で最大の効果をもたらすような知恵が求められる。【未来をつくる図書館】
どんなに素晴らしいことをいくら行っても、それが市民に理解されるように伝わり、さらなる行動を喚起するものでなければ決して十分とは言えない。その意味でも、図書館について広くメディアに取り上げてもらい、その確固たるイメージを保つために目に、最新の注意を払いつつ戦略的に行動するスタッフの努力は、ニューヨーク公共図書館のブランド作りに大きく貢献している。【未来をつくる図書館】
NPOに関わる人ならFundraising(寄付金集め)という言葉に馴染みがあると思います。NYPLはそれを大企業に負けず劣らずの規模で行い、2年間で約320億円も集めたのです。日本人が考えるNPOとは規模が段違いである事がこの例から良く分かるのではないでしょうか。そして、市民から寄付を募るために、市民の役に立つServiceを提供し続ける。そしてもらった寄付金によってさらに良いServiceを提供するようになる。NYPLでは良い循環が生まれています。ただ、最近は不景気の影響で寄付金集めが難航しているらしく、公式Webpageが凄いことになっています。どのように凄いかは自身でご確認ください。資金集めのこの危機感も国や州が運営しないNPOらしいなと思いました。
「知識は力なり」です。図書館に集まった知識を活用するために、様々な専門家が集うNYPL。そして専門家が集めた知識を利用して、起業・芸術・教育と様々の面から自分たちを高めるNew Yorkの市民たち。本書を読んでいて、図書館が持つとてつもない可能性を感じました。基礎知識のない人が応用的な事を出来る訳はありません。InputなくしてOutputなし。学ばない人間達が創造的な事は決して出来る訳無い、逆に新たな知識を図書館で学ぶ事でこれほどの可能性が生まれるかのかと「未来をつくる図書館」を読んでいて感心し続けました。そして、知識を重視しない社会は本当に駄目だ。知識を重視する社会と競争なんて出来る訳がない。日本ももっと専門家/専門知識を上手く活用出来るような社会にならないと負け続ける。本書を読んでいて息苦しいくらいの危機感を覚えました。
NYPLと日本との最大の違いは、日本は図書館に知識を集めても、それを上手く活用出来ていないことです。図書館に集まった知識を市民が活用しやすいように加工して提供する専門家が日本では不足しているのです。私は営業職を経験しているので、いくら素晴らしい製品/Serviceでもそれが相手に理解されなければ、全く相手にされない事を身を持って体験しています。例えば、私が公開している英語学習法「実用的な英語を習得する方法」も、読者に理解されるように私が加工して情報を提供しているため、数十万人に読まれて、電子書籍化の話も来ました。Internet上には私よりも英語力がある人は本当にたくさんいます。でも、彼らは自分たちが持っているその知恵を上手く伝える方法を知らない人がほとんどです。だから英語力は劣っていてもその知恵を伝える方法を知っている私が、彼らの代わりに注目されたのです。これは日本の図書館も同じです。素晴らしい知識が集まっている。でも、ちゃんとその知識が活用されるようになっていない。だから人々は知識を活用出来ないのです。日本の図書館がもっと市民に活用されるために、どうすれば良いのか。そういう事を本書では考えさせられました。「無料貸本屋」という地位に日本の図書館と留めておくのはあまり勿体無いです。NYPLのような公共図書館を充実させれば、日本でも以下の5項目が可能になります。
- 組織の後ろ盾をもたない市民の調査能力を高める。
- 新規事情の誕生を促し、経済活動を活性化させる。
- 文化・芸術関連の新しい才能を育てる。
- 多様な視点から物事を捉え、新たな価値を生み出す。
- コンピュータを使いこなす能力をはじめ市民の情報活用能力を強化する、といった効果をもたらすであろう。
図書館の様々な可能性を知ることが出来る「未来をつくる図書館」は本当にお勧めです。是非手に取ってみて下さい。そして、この記事の下書きをTwitter上で書いている際に、日本の図書館に関連する様々な面白い情報が集まったのでそれら情報は次の記事、【補足】日本の図書館の最新の便利なサービスについてで紹介します。この記事に引き続き読んでみて下さい。
最後に、私が撮影したNew York Public Libraryの写真を掲載します。