月別アーカイブ: 5月 2010

New Yorkで自転車の不具合発生!

この記事はNew Yorkで自転車の不具合にどうやって対処したかという話です。愛車のBD-1と一緒に持ってきた携帯用空気ポンプの一部がなぜかどこかで無くしてしまいました。だからNew Yorkについてから新しく仏式バルブ用の空気ポンプを購入しなければなりませんでした。BD-1に空気を補充できるのは、仏式バルブの空気ポンプです。英式バルブでは駄目です。さてこの専門的な事をどうやって”英語で”自転車屋で説明しようかというところで思考が止まりました。当然ながらこんな英語は学校では習えません。結局散髪する時と同じで英語で説明するのは不可能だとそうそうに諦めて、BD-1のタイヤの写真を撮って自転車に行くことにしました。これが一番簡単な方法です。

という訳で自転車では写真を手に交渉して、なんとか仏式バルブ用の空気ポンプを購入($40だったかな?)することが出来ました。この空気ポンプはせっかくなので日本に持って帰って来て今も使っています。

米国滞在中にあと1度だけ、BD-1が不調で自転車屋に行く必要がありました。その時の症状はというと、BD-1を組み立てる際にチェーンが絡まった。その時はそれで直ったが、3速以上にギアを上げようとすると上手くギアがかみ合わないという症状です。これは写真では説明出来ない症状です。”英語で”説明しないといけません。この時はちょっと泣きそうになりました。仕方がないの事前に全て症状を文章にし、それを米国人の友人に訂正してもらいました。そしてその文章を持って自転車屋に行くことにしました。その時の文章はblogで公開しています。

難しい事を英語で口頭で説明出来ない人は、筆談するのが良いです。私も結局あまり英語を話さずに持っていた文章を自転車で見てもらいBD-1の不具合を直してもらいました。

普通観光客や留学生は自転車に来ません。もし留学先で自転車に行かなければならなくなったら、色々と苦労してください。良い経験になります。

自転車をNew Yorkまで持っていったらいくらかかる?

私の「米国体験記」はすでに書き終えましたが、まだ書いていない相棒、小径車のBD-1の「米国体験記」をこれからいくつかの記事で書いていきます。BD-1って何?という人に簡単に紹介すると、私のこのPageの上部にある赤い車輪が小さい自転車です。車輪が小さい自転車、小径車ではとても有名な自転車です。

私は飲酒・喫煙・ギャンブル・風俗を全てしませんので、お金はほとんど使わない人間です。ですから留学中も他の多くの留学生達に比べるとお金を使わなかったと思います。しかし、そんな私ですが一つだけ贅沢な事をしました。それは「愛車の自転車をNew Yorkまで持っていった」ことです。この記事では「自転車をNew Yorkまで持っていったらいくらかかる?」という事を記します。

私は日本からNew Yorkに行く際には手荷物を3つ持っていきました。内訳はスーツケース、自転車用バックパック、あと自転車を入れた大型の袋です。自転車を自宅から直接空港まで持っていったのでとても大変でした。自転車は先に空港に送ってしまう方が良いと思います。

まず東京駅で大変でした。東京駅から成田空港まで行くための路線は地下深くにあるため、ここでまず挫けそうになります。東京駅のバリアフリー環境はあまり良くないなと重たい自転車袋を持って歩きながら思いました。次に成田空港。成田空港に着いて早速自転車を手荷物の場所に預けます。その際にはタイヤの空気を抜く必要があります。これは空気を抜かないと気圧の関係でタイヤが破裂する恐れがあるためです。自転車を成田空港からNew YorkのJFK空港まで送るのには「1万5千円」かかります。この料金を大したことないと思うか、それとも高いと感じるかは自転車への愛着で変わるでしょう。私に取っては「そんなもんかな」と思える妥当な価格でした。

JFK空港に着いてからはなかなか荷物置き場に出てこない自転車にヤキモキしていました。Fragile(壊れ物注意)の札が自転車袋に付いていましたが、機内で乱暴な扱いを受けてどこか破損していないかと私はずっと心配していました。幸いな事に自転車は特に破損することなく、成田からJFKまでの旅を終えました。かなりホッとしました。そして、その後にまた長旅で疲れた身体を行使して、重たい自転車袋を引きずって空港に迎えに来ているはずのホストファミリーの場所に向かいました。正直言って、めちゃくちゃ疲れました。

BD-1が太平洋を渡った往路の話しはこれで終わり。次は復路についてです。私はもう行きのようなあんな疲れる思いは真っ平御免だったので、先に別便(別送宅急便)でBD-1を日本に送ってしまうことにしました。

米国ヤマト運輸に依頼したら料金は全て込みで「$200(約18,000円」でした。これで実家のある山形まで送ってくれるということだったので私は喜んでお願いしました。ただ、米国ヤマト運輸の担当者が自転車を送るという経験があまりなかったのか、かなりトンチンカンな対応をされました。あまりに変な要求をされるので「それは本当に法律で決められているのですか?条文を確認したいのでpdfファイルで送って下さい」と言いました。こういった米国社会で鍛えられた交渉術(規則はあくまで規則。自分にとって不都合があるのなら交渉して変更させる)を使って事なきを得ました。

そして自分で梱包して自転車を集荷してもらったのですが、後から梱包が不十分だから「梱包代 $30」の追加料金が必要と言われて憮然としました。ただ日本に帰国してから、壊れないように徹底的に梱包されたBD-1を見て、まあこれなら$30を払っても良いかなと思い直しました。米国ヤマト運輸が徹底的に梱包したので、私のBD-1は無事に再び太平洋を渡って日本に戻ってきました。

というわけでBD-1(私のIcon画像の自転車)を日本とNew Yorkを往復させる費用は「約4万円」でした。4万円以上の体験をNew Yorkで出来たので十分な許容価格です。ちなみに、このBD-1の購入価格は15万円だったので、現地で買い直すには高すぎます。

色々と苦労をしたBD-1の太平洋往復旅行でした。でも、その大変さもいま振り返ると良い思い出です。また、このBD-1を機会があれば海外に持って行きたいです。

米国体験記あとがき 私に足りなかったのは「英語力」と「動機」

この記事は「米国体験記」のあとがきです。なぜ私が一連の記事を書き続けたのかという背景を紹介します。

最初に一つ昔話をします。私は学部から英語で教育が受けられる、留学生が学生の半分を占めるという先進的な大学に通っていました。マスコミにはいつもとても好意的に取り上げられる大学です。しかし、その大学を卒業した時点での私の英語力はたいしたことがなく、卒業後初めて受験したTOEICは「わずか630点」でした。TOEIC受験者なら分かると思いますが、この630点ではほとんど満足に英語で意思疎通なんてできません。また在学中に友人となった留学生はほとんど全員が日本語が流暢な留学生達ばかりでした。つまり私はせっかくの環境、英語で教育が受けられるという環境をほとんど活かせなかったのです。当時の私には「英語力」「動機」という2つのものが欠けていました。だから英語で教育が受けられる環境を活かすことが出来なかったと今なら分かります。この「英語力」「動機」について順番に説明していきます。

まず「英語力」について。その大学は英語で講義が受けられると言っても、問題が一つありました。抜け道として「日本語」でも講義が受けられるのです。つまり2つの言語が同時に併存していたのです。このように2つの言語で講義が存在する状況においては、受験英語の勉強しかしていない日本人学生は日本語で行われる講義を受講します。「英語で講義を受けられるよ、さあどうぞ」というだけでは大多数の日本人学生は、英語講義ではなく日本語講義を取ります。日本語と英語の二ヶ国語教育を掲げるその大学に通う日本人学生達ですらそうでした。日本人学生たちが英語で行われる講義を受講出来るようにするためには、従来の学校英語教育が教えている「読む」だけでは全く不十分です。学生たちが英語で講義を受講するためには「聞く」「話す」「書く」といった従来の学校教育で学べない英語力を身につけさせる必要があります。だから、「聞く」「話す」「書く」ための英語力を身につけさせずに日本人学生達を放り出せば、みな英語を避けて日本語講義を受講するのは必然です。実際、帰国子女達や留学経験者、またごく一部のものすごく熱意のある学生しか英語で開催される講義を受講する学生はいませんでした。私自身も自身の専門である英文会計の科目以外は最低限の英語講義しか受講しませんでした。

大学の卒業基準を見ればこの事を裏付ける事実がすぐに分かります。もし本当に英語で教育を受けられることの恩恵を日本人学生達が受けているのなら、卒業基準に「TOEIC 860点以上必須」という英語を十分に使いこなせるという証となる基準を明記しても何もおかしくないです。しかし、私が通った大学をはじめほとんど全ての「国際~学部」ではこの基準を明確にしていません。秋田県にある国際教養大学のように「TOEFL 550点必須」「留学必須」という具体的な基準を掲げている大学以外は、その「国際~」という看板は見掛け倒しである可能性が大いにあります。

上記のような背景があるため、大学キャンパス内では学生は「日本語基準」「英語基準」の学生でそれぞれ別の集団を形成していました。同じ大学にいるにも関わらず、話す言葉が違うためほとんど交流が行われないのです。私たちはよくお互いの事を”Hello, Hi Friends”、つまりお互い挨拶だけの関係と言っていました。大学キャンパス内では一見すると、多様な人々が交流しているように見えます。でも、実際は「日本語基準」「英語基準」の学生達が一部を除いてほとんど交流がないことは分かる人にはすぐに分かります。日本語と英語という話す言葉の違いによって学生達は2つの集団に別れてしまったのです。これはなんとも悲しい光景です。いま思い出しても悲しくなります。そしてまた、今もその大学の卒業基準は変わっていないからおそらく状況は私がいた頃と変わっていないでしょう。こういう状況では留学生達が果たして日本人学生たちの事を好きになる、尊敬するということはありえるのでしょうか。英語基準の大多数の留学生達は、英語が話せず身内同士でしか交流しない日本人学生達に良い印象を持たずに大学を卒業していったと私は思っています。

この大学時代の苦い過去が「実用的な英語を習得する方法」を書く執筆動機の1つとなりました。受験英語しか知らない日本人を英語環境に放り出しても、すぐに適応できる人間はほとんどいないことを私は自身の経験から知っています。だから「聞く」「話す」「書く」を身につける事が出来る英語学習法を書かなければいけないと痛切に思っていました。

もう一つ当時の私に欠けていたのは「英語学ぶ動機」です。私は大学在学中はあえて英語で講義を受けることの利点を把握していませんでした。日本語で学べるのだから、別に苦労して英語で学ぶ必要はないだろうと思っていました。しかし、私はこの時点では次の2点の利点を見逃していました。

英語で蓄積されている知識の量は日本語と比較して圧倒的です。インターネットの世界を見てもそれは明らかです。また、英語を使えば日本人以外の14億人、英語を公用語としている約80カ国と交流することができます。この事の重要性を当時の自分はちゃんと理解していませんでした。私はNew Yorkで過ごした7ヶ月間で、日本人以外の人達と交流して人生観が変わるくらいの体験を何度もしました。もし大学時代に英語を十分に使いこなせれば、このNew Yorkの7ヶ月と同様かそれ以上の驚きの経験を数多くすることが出来たと思います。日本人以外の人達と接すれば、本当に多くの発見があります。ただ、大学時代の私は「英語力」と彼らと接したいという「動機」がなかったので、こういった機会を見逃していました。英語を使って日本人以外の人達と交流をすれば、本当にたくさんの発見が出来る。それを私は「米国体験記」で紹介したかったのです。そして「米国体験記」を読んだ人が「英語を勉強する動機」を持つ事になることを私は望んでいます。これが「米国体験記」の執筆動機です。

「英語で蓄積されている知識の量は日本語と比較して圧倒的」という事について実例を出して紹介すると、今日もThe World BankのWorld Development indicators、各種統計資料が上手く使いこなせない事にイライラしていました。日本語で探すよりも英語で探した方がこういった統計資料ははるかに見つけやすいのです。英語で政治経済を学んでいればこの統計資料もすぐに使用できたのに…と昔を思い出して歯ぎしりしていました。英語で書かれた資料は日本語よりもはるかに多いです。しかし、私は日本語で学問を学んできたため、これら資料を上手く使いこなせないのです。

ここからまとめです。いま思うのは私が通った大学は日本の将来の一つの姿かもしれないということです。仮に日本に将来他の国の人達が来ても、「語学力」と「動機」がない人達は自分たちと同じ日本人としか交流しないでしょう。同じ場所で暮らすのに交流がない。だからお互いを尊敬することもなく、悪い場合には敵対意識を抱いて、排斥をする恐れもある。もし何も状況が変わらないのであれば、私はたぶんそうなるだろうなと思っています。私はそうなってしまうのが嫌で3ヶ月間を使って、一連の記事を書き上げました。

もし20万円もあれば、私が最近ずっと紹介し続けていたNew Yorkに1週間くらいの旅行はすぐに出来ます。でも、この選択肢を選ぶ人は少ないでしょう。それは「英語力」「動機」がないからです。そういう人達には私のblogを読んで、日本国外に目を向けるきっかけをもってほしいと思っています。また「米国体験記」に書いているように、私はたった7ヶ月のNew York生活でもここまで面白い経験が出来ました。もっと長期間いればさらに面白い体験が出来たと思います。きっと4年間の学部生活、2年間の院生活、駐在員として数年間を海外で働く、またもうすでに日本と関係がない海外企業で働いている人達は私以上にもっともっと面白い体験をしていると思います。そして近い将来、今度は私がそういったみなさんの体験記を読む側になりたいと思っています。以上でこの3ヶ月書き続けた「実用的な英語を習得する方法」と「米国体験記」は今夜でこれで一端終りです。ここまでお付き合いいただいた方、ありがとうございました。

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追記

最後にもう一度だけ紹介しておきます。

TOEIC860点を取得、かつ日本の英語教育で欠けている「話す」「書く」ための英語学習方法を紹介しています。私が数百万円の費用と数年の歳月をかけて学んだ学習手法を公開しています。※この勉強法ははてなブックマークを2,190以上獲得した人気記事です。

私が米国での体験で体験した、日本人が知らない「とんでもないこと」を紹介しています。日本人とは全く異なる米国で出会った人々の生き方を知ればきっとあなたも驚くと思います。そしてこれまでになかった視点で物事を考えることが出来るようになると思います。

Matthewと教育熱心なユダヤ人達

この記事では「教育熱心なユダヤ人」を紹介します。私はInternship中に弁護士の卵達と接していて感じたことは、彼らは勉強だけが出来る訳ではなく多方面に渡って優れているということです。彼らはスポーツ、音楽、料理など多くの社会的背景の異なる人達と接するのに役立つ社交的な教養や能力を備えていました。先日紹介したDinahもそうでした。彼女も勉強が出来るだけではありませんでした。スポーツ・音楽という多彩な趣味を持っており、色々な人達と交流していました。

今夜紹介するのはもう一人のIntern、ユダヤ人のMatthew。彼もまた勉強が出来るだけでなく、本当に色々な特技を持っている弁護士でした。Matthewも大学時代に飛び級しているため普通の人より1年早く弁護士になりました。大学で講義を受けるのは楽しかったと言っていたから彼は学ぶことが好きなのでしょう。また、彼はハンサムではないけど、気さくで表情が愛くるしいが素敵です。そして私がInternの中で最も仲良くなったのはMatthewです。彼とはよくManhattanのRestaurant巡りをしていました。Matthewの親族は敬虔なユダヤ教徒でしたが、Matthew本人は別にそこまで熱心な信者ではなく見た感じ普通の人です。ユダヤ教徒と言っても色々とあるようです。

Matthewと接していて感じたのは「ユダヤ人が教育熱心な民族であるというのは本当だった」ということです。一例を挙げると、彼は3歳の時からバイオリンを習い始めたそうです。この事からも親の教育熱心さが分かります。また、現在は高校生の時から始めたギターを楽しんでいるそうです。他にもバスケットボールもします。Matthewは勉強が出来るだけの面白みのない秀才ではありません。

ユダヤ人の彼は移民2世です。彼の母親が欧州から祖父母を伴ってNew Yorkに来ました。また、ユダヤ人はNew Yorkでは少数民族ですが、例えば法曹関係者ではユダヤ人では多数派の一つです。ユダヤ人は高学歴な人達が多いのです。ユダヤ人は少数派で昔から住む国を替える必要があったから優秀でなければならなかったという話しを聞いたことがあります。ずっと島国にこもっていて国を替える必要の無い多くの日本人にとっては、このユダヤ人達がもつ「学ぶことの熱意」には圧倒されるはずです。彼らのような生きることに貪欲な移民達に接すると人生観が変わります。

Matthewの話に戻ると、彼は料理、特に東洋の料理が大好きでいつもその話をしていました。また、料理に関してはとてもとても記憶力が良かったのを覚えています。New York中のRestaurantを熟知しているのではないかと思うくらいの記憶力の持ち主でした。料理の話は老若男女を問わずに通じる多くの話題です。Matthewはこの料理の話を通じて、多くの人達と仲良くなっていました。難しい政治経済、最新科学の話題よりも、こういう万人に通じる話題に詳しい方がより多くの人々と仲良くなることが出来ます。普通の人が想像する以上に、料理の話が出来るということは有益な能力です。

またMatthewも意外な事にかなりの親日家でした。任天堂が大好きで、ギターでマリオやゼルダの曲を奏でているそうです。特に「時のオカリナ」を愛していると言っていました。任天堂の本社が京都にあると言ったら、死ぬ前に一度は京都に行かなきゃと言っていました。あとMatthewは日本酒と日本のビールが大好きでした。どの地ビールか忘れましたが、わざわざ輸入して楽しんでいました。また、Matthewと何度か食べ歩きをしている際に、彼が一緒に暮らしている年上のユダヤ人の彼女も来ました。彼女は日本語を4年間学んでおり、新潟県の国際大学へも数カ月の留学経験があるとのことです。彼女はモスバーガーが恋しいと言っていました。けっこう色々な場所に親日家はいるものだなと思いました。

MatthewはInternが終わった後、就職する前にタイかベトナムで食べ歩きの旅をすると言っていました。彼には日本にもいつか来るようにと言っておいたので、彼と再会できる日を私は楽しみにしています。

New York地下鉄~そこで生きるたくましい人々~

車社会の米国においてNew Yorkは地下鉄・徒歩で移動する珍しい都市です。そんなNew York地下鉄をこの記事で紹介していきます。

東京ほど複雑ではありませんが、New York市は地下鉄があります。この地下鉄は日本の電車とは色々と違って面白かったです。まず電車の中はみなが黙って目的の駅につくまで待つ、ということはありませんでした。New York地下鉄は携帯電話は鳴りたい放題です。「電車内で携帯電話はマナーモードにしなければならない」というのも日本ならではの変わった風習だと私は今は思っています。別に携帯電話が大音量で鳴るくらい大したことないのに、なぜ日本人はそれほど気にするのかと不思議です。

他にも日本ではありえない光景の一つは「電車内にホームレスが乗り込んできて金銭の施し」を求めることです。「私は失業者でホームレスです。昨日から何も食べていません。1centでも良いので施しをお願いします」というような寄付依頼はほとんど毎日遭遇しました。ホストファミリーからは「ああいうホームレスにはお金を絶対にあげないこと」と言われていました。それはNew York市がホームレス対策をちゃんとしているからお金を個別にあげる必要はないからです。そしてもしお金をあげてもたいてい酒か麻薬になってしまうそうです。私は地下鉄に乗り込んできたホームレスには一度も金銭をあげた事はありませんでした。でも、周りをみるとけっこう小銭をあげる人はいました。この小銭集めを1日やればかなりの金額になると思います。

ホームレスにお金を上げたことはありませんでしたが、私は別の人には何度かお金をあげたことが有ります。はじめてお金を挙げたのは帽子から鳩を出す「手品師」が電車に乗り込んできた時です。まさか電車の中で手品を見ることになるとは思わなかったので、とても驚きました。彼の手品は面白かったです。他には音楽を演奏する人達もよく電車内や構内にいました。南米の伝統音楽を奏でる人達、中国の胡弓で演奏する人、キーボードで演奏する人など様々な人達がそこにはいました。お菓子や小物を売っている人達、宗教の勧誘ビラを配る人達、そしてまた10代の少年たちが大音量のBGMを背景にストリートダンスを電車内で踊っていたこともありました。少年たちはダンスで小銭を集めてうまく小遣い稼ぎをしていました。なかなかたくましいです。こういう環境だとNew York地下鉄は治安が悪いのかと思うかもしれませんが、その点は大丈夫です。3万人の警察官、NY市警の3分の1の警官が地下鉄内を巡回して治安を保っています。常に一つの電車に最低一人の警察官が常駐しています。こういう混沌としたNew York地下鉄を体験してきたので、日本のようにみな整然としている電車内が今は逆に不思議です。

そしてまた、私はNYのホームレスのたくましさにある種の感銘を受けていました。失敗したことは恥ずかしいこと事として黙って死んでいく日本人よりは、失敗してどん底にいてもこうやって電車に乗り込んできて金銭をせびる彼らの方がよほどしぶとく逞しいと思います。そしてNew York滞在中に私は地下鉄が人身事故で止まったという話は聞いたことがありませんでした。毎日のように首都圏で人身事故という電車飛び込み自殺が頻繁にある日本社会は病んでいると思います。今もし私がどん底に落ちたら、電車に飛び込み自殺をするよりはNew York地下鉄のホームレスのように電車に乗り込んで金銭をせびってでもしぶとく生きる選択をします。黙って死んでいくのはまっぴらゴメンです。彼らのたくましさを知ってからはそんなことを思うようになりました。

MoMA、ニューヨーク近代美術館~あなたの知っている有名作品が目の前に~

MoMA、ニューヨーク近代美術館に行った際の記録です。MoMAには日系カナダ人のKayと訪問しました。彼女がMoMAの年会員であったため、私は格安の料金でMoMAに入場することが出来ました。

The MET、メトロポリタン美術館を訪れた際にも感じたことですが、美術の教科書に掲載されていた超有名作品の実物がすぐそこにあるというのには圧倒されました。そして、それら作品をとても近くから鑑賞することが出来ます。New Yorkの文化は本当に凄いとここでも圧倒されました。Kayとは「この絵を傷つけたら人生を何回使っても、それだけの金額を払い切る事ができないよね」などと話しました。

またMoMAにはこれはいったい何が芸術なのだろうかという作品も多数展示されていました。「芸術の定義は私達が理解出来ないことを表現していること」、なんて二人で冗談を言いながら鑑賞しました。以下、当日撮影した写真です。

Fifth AvenueのApple Storeでお買い物。

New Yorkで高級店が立ち並ぶ五番街Fifth AvenueにあるApple StoreでiPod touchを購入した際の事を記します。New YorkのFifth AvenueにあるApple Storeは最近NHKでiPadと関連してよく登場しています。私はそれを見る度に懐かしく思っています。

Fifth AvenueにあるApple Storeは24時間開いています。Central ParkやTimes Squareが近いという好立地であるため、観光客も含めて本当にたくさんのお客さんでいつも溢れかえっています。ちなみにこのApple Storeではトイレが解放されているので、私はトイレで困ったことがあった時はときどき訪問していました。ここもNew Yorkの緊急トイレ避難マップに加えると良いと思います。

私がiPod Touchを購入する際にはStaffに一時間使い方を教えてもらえるというサービスを受けました。これは事前にWebで予約していると出来るServiceです。私を応対してくれたStaffはとても丁寧に教えてくれました。New Yorkなので当然ながらこのServiceは全部英語です。でもちょっと考えると、日本で同じことを英会話学校でしたら1万円近く取られます。それを現地でやれば1時間無料で英語を使う時間を確保できるのです。このApple Storeでの体験のように、留学している人は英語を使う機会は探せば日常どこにでもあるので、積極的に活用するべしです。英語をいくらでも使う機会があるというのが、留学の大きな利点の1つです。